中学生のとき、引っ越しをきっかけに学校へ行けなくなり、「自分なんて生きている意味があるのかな」とまで思いつめた少年がいました。その彼を救ったのは、母の一言と、一つの歌でした。いまはシンガーソングライターとして「ただ、生きてるだけでいい。あなたに生きる希望を。」を胸に歌い続ける飛来(HIRAI)さん。当時どんな気持ちだったのか、親にどうしてほしかったのか、そしていまつらい思いをしている子どもと家族へ——飛来さんご本人の言葉で、そのストーリーをお届けします。
「自分なんて必要ないのかな」——学校へ行けなくなった日々
飛来さんが学校へ行けなくなったのは、中学生の頃でした。きっかけは、引っ越しだったといいます。新しい環境になじめず、少しずつ孤立し、やがて陰口を言われるように。学校へ行くこと自体が、だんだんと苦しくなっていきました。
僕が学校に行けなくなったきっかけは、中学生の頃の引っ越しでした。新しい環境に馴染めず、少しずつ孤立し、陰口を言われるようになったことで、学校へ行くことが苦しくなりました。当時は「自分なんて必要ないのかな」「どうして自分だけ…」と自分を責め続け、「自分なんて生きている意味があるのかな」と思い悩んだこともありました。
まわりと自分をくらべては責め続け、未来にも希望が持てない。毎日がただ苦しかった、と飛来さんは振り返ります。頭の中は、いつも「消えてしまいたい」に近い気持ちでいっぱいでした。
「このまま生きていても誰にも必要とされないんじゃないか」と考えていました。周りと比べては自分を責め続け、未来にも希望が持てず、毎日が苦しかったです。でも今振り返ると、あの時の自分に「一人じゃないよ。生きてるだけでいいんだよ」と伝えてあげたいと思います。
子どもが学校へ行けなくなるとき、その心の中では、大人が思う以上に激しく「自分を責める声」が鳴り続けていることがあります。「怠けている」ように見えても、本人はいちばん自分を責めているのかもしれません。まずは、そのつらさが本物であることを、そのまま受けとめてあげてください。
誰にも言えなかった気持ちと、母の一言
「生きている意味があるのかな」——その気持ちを、飛来さんは長いあいだ誰にも言えず、一人で抱え込んでいました。親や周りの大人には、「どう接したらいいのかわからない」と映っていたのではないか、と飛来さんは言います。とくにお母さんは、誰よりも苦しかったはずだ、と。
心配をかけてしまっていたと思いますし、特に母は誰よりも苦しかったはずです。それでも、否定せずにそばで支え続けてくれたことが、今の僕につながっています。
そんな飛来さんを救ったのは、お母さんがかけてくれた、たった一言でした。
生きてくれてる、ただそれだけでいいんだよ。
その一言が、「今のままの自分でもいいんだ」と少しずつ思えるきっかけになりました。
学校へ行けること、がんばれること——そうした「できること」を条件にしない愛の言葉が、どん底にいた飛来さんの心をほどきました。存在そのものを肯定してもらえたという安心が、前を向く最初の一歩になったのです。
歌との出会い——「歌なら、気持ちを伝えられる」
少しずつ前を向けるようになった一番のきっかけは、「本当に好きなこと」に出会えたことでした。飛来さんの場合、それが音楽でした。もともと歌は好きでしたが、不登校支援施設に通い始めたことが、本気で音楽と向き合うきっかけになったといいます。
そこで音楽やボイストレーニングに出会い、歌うことがますます好きになりました。また、自分の気持ちを言葉で話すのは苦手でも、歌なら素直に伝えられることに気づきました。「歌なら誰かの心に寄り添えるかもしれない。」そう思えたことが、今のシンガーソングライターとしての活動につながっています。
好きなことが見つかったことで、「自分にもできることがある」と思える。その実感が、どん底から上向くための大きな一歩になりました。うまく話せなくても、歌ならまっすぐに気持ちを届けられる——飛来さんにとって音楽は、自分と世界をもう一度つなぐ「言葉」になったのです。
学校に戻ることより先に、安心できる居場所と、心から好きになれる何かに出会えたことが、飛来さんを前へ進ませました。フリースクールや支援施設、習い事、オンラインのつながり——学校の外にも、その子の「好き」と出会える場所はたくさんあります。
無理に戻らなくてよかった、という選択
不登校の時期、飛来さんは「学校に戻らなければいけない」と思い込み、自分を追い詰めていました。けれど、いま振り返ると——。
無理に戻ろうとしなくてよかったと思っています。自分のペースで前に進み、自分に合った居場所や好きなことに出会えたことで、今の僕があります。
「学校に戻る/戻らない」は、その子の価値を決めるものではありません。大切なのは、自分のペースで進めること、そして安心できる居場所に出会えること。飛来さんの歩みは、それをまっすぐに示してくれています。
保護者へ——してほしかったこと・してほしくなかったこと
当時をふり返って、いちばん嬉しかったこと。それは、お母さんが無理に学校へ行かせようとせず、「あなたはそのままでいいよ」と寄り添ってくれたことでした。反対に、つらかった言葉もあります。
「学校へ行かなきゃだめ」「みんな頑張っているよ」と言われると、当時の僕には励ましではなくプレッシャーになってしまいました。あの頃の僕に必要だったのは、学校へ戻ることを急かされることではなく、「味方がいる」と感じられる安心感だったと思います。
| 支えになったこと | プレッシャーになったこと |
|---|---|
| 「あなたはそのままでいい」と受けとめてくれた | 「学校へ行かなきゃだめ」と急かされた |
| 否定せず、そばで支え続けてくれた | 「みんな頑張っているよ」と比べられた |
| 「味方がいる」という安心感をくれた | 無理に前へ進ませようとされた |
飛来さんが保護者に伝えたいのは、次のメッセージです。
まずは「学校へ行くこと」よりも、お子さんの気持ちに寄り添ってあげてほしいです。無理に前へ進ませようとするよりも、「あなたの味方だよ」という安心感が、子どもにとって大きな支えになります。焦らず、お子さんのペースを信じてあげてください。
いま、つらい思いをしている君と、その家族へ
不登校だった経験があったからこそ、いまの飛来さんの活動があります。お母さんがかけてくれた「ただ、生きてるだけでいいんだよ。」という言葉に、何度も救われてきました。その言葉は、いまも飛来さんの心の支えです。
今度は自分が歌を通して、誰かに生きる希望を届けたい——。だからこそ僕は、「ただ、生きてるだけでいい。あなたに生きる希望を。」という理念を胸に、楽曲づくりや音楽活動を続けています。
もし今、学校や毎日が苦しくて「消えたい」と思うほどつらいなら——どうか、その気持ちを一人で抱え込まないでください。あなたは、何かができるから価値があるのではありません。生きてくれている、ただそれだけでいい。飛来さんが母の言葉に救われたように、あなたにも味方がいます。
飛来さんの音楽にふれる(動画・SNS)
飛来さんの歌は、不登校の当時の気持ちや、そこから見つけた「生きる希望」がそのまま込められた楽曲ばかりです。ぜひ、実際の歌声にふれてみてください。
飛来-HIRAI- 1st single「無知」Official Music Video
NIJINアカデミー 体験説明会・イベント情報
「学校の外にも、安心できる居場所がある」——飛来さんの歩みが教えてくれるように、いまは学びの選択肢が広がっています。にじいろを運営するNIJINは、不登校の小学生・中学生のためのオンラインフリースクール「NIJINアカデミー」を運営しています。「うちの子に合う場所はあるのかな」と思ったら、まずは体験説明会からのぞいてみてください。
NIJINアカデミー オンライン体験説明会
不登校が「希望」に変わる、オンライン小中一貫校。お子さんの様子に合わせた学び方や、実際の校舎の雰囲気を、オンラインで気軽にご覧いただけます。保護者さまだけの参加もOKです。
体験説明会を予約する 日程を選んでオンラインで参加できます(NIJINアカデミー公式予約ページ)NIJINのイベントに、遊びに来ませんか?
NIJINでは、不登校のお子さんや保護者の方に向けて、学園祭やオンライン交流イベントなど、「はじめの一歩」を気軽に踏み出せる場を開催しています。同じ思いをもつ仲間や家族と出会えたり、学校の外にある居場所の空気を感じられたりする機会です。参加も見学も自由。まずはのぞいてみることから始めてみてください。
NIJINのイベントを見る(Peatix)「その子らしい歩き方」を、一緒に。
学校へ行けなくなった日々は、決して「終わり」ではありませんでした。飛来さんにとってそれは、母の愛と、音楽と、自分だけの生き方に出会うための道のりでした。にじいろは、不登校や発達・特性で悩むご家族に、子どもの未来をひらく「確かな選択肢」を届けます。焦らず、お子さんのペースを信じて——その歩みを、私たちが一緒に支えます。
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※こころのつらさや「消えたい」という気持ちがつらいときは、一人で抱え込まず、身近な人や専門の窓口にご相談ください。24時間対応の厚生労働省「まもろうよ こころ」から、相談窓口を探すことができます。

