結論(早見):学校で行われる「集団行動」には、2つの意味が混ざっています。1つは、全員を同じにそろえる「同調」。もう1つは、一人ひとりの違いを生かして価値をつくる「調和」です。タツロー校長は、行進や体育座りなどの起源が軍隊式の訓練にあることを踏まえ、「同調としての集団行動」には意味がなく、「調和としての集団行動」には賛成だと語ります。これからの教育に必要なのは、全員を同じにする教育から、違いを生かす教育への転換です。
「集団行動ができない子は、社会で通用しない」「みんなに迷惑がかかるから、合わせなさい」——学校や家庭で、こんな言葉をかけられたことはありませんか。
NIJINアカデミーのYouTubeにも、「集団行動は大事だ」というコメントがたびたび寄せられます。そこで本記事では、「集団行動とは何なのか」「なぜ学校で行われているのか」を、歴史をさかのぼって因数分解しながら、これからの教育のあり方まで解説します。語るのは、オルタナティブスクール「NIJINアカデミー」の星野達郎(タツロー校長)。元公立小学校の教員として、学校現場で集団行動を指導してきた立場からお届けします。
【読む前にお伝えしたいこと】本記事は、タツロー校長の個人の見解をまとめたものです。集団行動のすべてを否定するものではありません。警察官や自衛隊など、規律ある集団行動が必要な職業があることも、タツロー校長は理解しています。また、歴史の部分には諸説ある内容も含まれます。
全国900名以上の小中高生が学ぶオルタナティブスクール「NIJINアカデミー」の校長を務める傍ら、2つの教師団体を主宰。これまで累計1,200名以上の教員向けに研修を実施し、学校の中と外、両面から教育課題の解決に取り組む。
その独自の教育実践はNHKやテレビ朝日など多くのメディアで特集され、「青年版国民栄誉賞」や「内閣総理大臣奨励賞」を受賞するなど、各方面から高く評価されている。
確かな実績と熱い教育信念を持つ一方で、普段は生徒たちから気さくにいじられる「愛されキャラ」の校長として、日々子どもたちと本音で向き合っている。
「集団行動が大事」と言う人は、理由を説明できているか
集団行動は大事だという声は根強くあります。一方でタツロー校長は、「集団行動はなぜ必要なのか」を解像度高く説明できる人は、学校の先生の中にもほとんどいないのではないかと言います。
タツロー校長「私も教員時代は、『みんなに迷惑がかかるでしょ』『社会に出たらみんなと合わせるのも必要なんだよ』と、ざっくりした説明をしていました。若手の先生ほど、年配の先生に強く言えないこともあって、『やれと言われたらやるしかない』となりがちなんです。」
体育座りで静かにさせる、運動会の全体練習で行進の指先までそろえる——こうした指導に苦しんで、NIJINアカデミーに入学してくる子もいます。ある中学生は、体操服が囚人服に見えたと話したそうです。最近は子どもの自発性を重視する学校も増えていますが、伝統を重んじる学校では、いまも厳しい練習が行われており、運動会シーズンに学校へ行きたくなくなる子も少なくありません。
タツロー校長は、集団行動が強く求められる背景には、大人の都合が隠れていると指摘します。全員が同じようにそろっていれば、隣のクラスや管理職、保護者から指摘されにくく、「全員に同じことをやらせました」と説明できて責任も取りやすい。管理もしやすい。30人、40人を預かる中で、リスクを避けたい気持ちが先に立ってしまう、というのです。その気持ちは理解できるとしつつ、「だからこそ社会が変わらなければいけない」と語ります。
一律の集団行動が負担になっている子には、参加の仕方を選べる学びの場を比べる方法があります。NIJINアカデミーのオンラインの学び方も、本人の希望に合うか確認できる選択肢の一つです。
集団行動の起源:学校・行進・運動会・体育座りの歴史
集団行動を考えるうえでタツロー校長が大切にするのが、「始まり」を知ることです。誰が、どんな思いで始めたのかは、文化として長く受け継がれるからです。
近代学校の源流:ナポレオンに敗れたプロイセン


タツロー校長によれば、現在の学校のルーツの一つは、プロイセン(現在のドイツの前身にあたる国)にあります。それまでの教育は、修道院や寺子屋のような地域の場に、学びたい人が年齢を問わず集まり、学びたい長老が教える形でした。
ところが、プロイセンはナポレオン率いるフランスに敗れ、1807年のティルジット条約で大きな屈辱を味わいます。この敗戦をきっかけに、国を立て直すための「プロイセン改革」が行われ、軍制や行政、教育など、国の仕組みが大きく見直されました(参考:世界史の窓「プロイセン改革」、世界大百科事典「プロイセン改革」)。



「戦争に負けるのは、足並みがそろわないからだ。だから一か所に集めて、全員に同じことをやらせて競わせた。そうしたらとても強くなって、ナポレオンを返り討ちにした。それが学校の始まりだと私は捉えています。」
なお、この「学校の始まり」の捉え方は、タツロー校長の見立てです。プロイセンの教育改革には、個人の才能の開花を重んじる側面もあったとされており、歴史の評価は一つではありません。
日本への導入:初代文部大臣・森有礼と「兵式体操」
欧米の列強に追いつこうとしていた明治の日本は、欧米の学校制度を取り入れていきます。その中心にいたのが、初代文部大臣の森有礼です。1886年(明治19年)に、帝国大学令や師範学校令、小学校令、中学校令などの「学校令」が公布され、近代的な学校制度の基本が整えられました(参考:コトバンク「学校令」)。
この時期に学校へ導入されたのが、行進や隊列運動などの「兵式体操」です。気をつけ、休め、行進といった、いまも学校で行われる集団行動の動きは、この流れの中にあります。1891年には、隊列運動が兵式体操と位置づけられました(参考:駿河台大学論叢「演技として取り組む集団行動の指導事例とその考察」、立命館大学の研究資料)。



「足並みをそろえて集団で同じ動きをするための訓練が、兵式体操です。そう考えると、行進は軍隊のためのもの。軍隊教育と言われることがありますが、始まりが本当にそうなんです。だからこそ、これからの時代に本当に必要なのかを、ちゃんと考えなければいけません。」
運動会の始まり:1874年の「競闘遊戯会」
運動会の起源には諸説ありますが、一般には、1874年(明治7年)に海軍兵学寮で行われた「競闘遊戯会」が日本初とされています(参考:大和総研のコラム)。これは、英国式のスポーツを参考に、イギリス人教官の指導で行われたとする説が有力です。
その後、森有礼が小中学生の集団訓練として運動会を行うよう指示したことで、全国へ広がったとされます。当時の運動会は、旗取りや騎馬戦など、海戦や陸戦をまねた種目が多く、軍事教練の色合いが濃いものでした(参考:苫小牧市の資料)。のちに娯楽的な要素が強まり、現在のような形になっていきます。
体育座りは1960年代から


意外と新しいのが体育座りです。起源ははっきりしていませんが、1965年(昭和40年)に、当時の文部省が『集団行動指導の手引き』を刊行したことで、全国の学校に広まったといわれています(参考:駿河台大学論叢)。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1807年 | ナポレオンに敗れたプロイセンが、ティルジット条約を結び、国を立て直す「プロイセン改革」へ |
| 1874年 | 海軍兵学寮で日本初の運動会とされる「競闘遊戯会」 |
| 1886年 | 初代文部大臣・森有礼のもとで「学校令」が公布される |
| 1891年 | 学校の隊列運動が「兵式体操」と位置づけられる |
| 1965年 | 文部省が『集団行動指導の手引き』を刊行し、体育座りなどが全国へ |
本来の「和」とは?同調と調和の違い
日本人は「和の心」を大切にする、とよく言われます。しかしタツロー校長は、「和」の意味が、いま勘違いされて広まっているのではないかと感じています。



「和というと、迷惑をかけない、発言しない、波風を立てない、という意味で使われることが多いですよね。でもそれは『同調』に近いもの。『和して同ぜず』という有名な言葉があるように、和と同は正反対なんです。」
「和を以て貴しとなす」は、聖徳太子が604年に定めたとされる「十七条の憲法」の第一条の言葉です。第一条は、争わないことを根本としつつ、上下の関係にとらわれず話し合うことができれば、物事は自然と道理に通じる、という内容で結ばれています(参考:マイナビニュース「和をもって尊しとなす」)。つまり、「黙って合わせる」ではなく、「話し合って調和する」ことが本来の姿だ、というのがタツロー校長の読み解きです。
タツロー校長は、武力で国を奪い合うことが当たり前だった時代に、武器ではなく言葉で相手を説得して従わせるという発想が生まれたこと自体が、画期的なイノベーションだったと語ります。その例として、出雲の国が譲られた「国譲り」の物語を挙げ、血を流すことなく、出雲の文化や風習を守りながら一つの国になった、と紹介しています。
| 観点 | 同調(同じになる) | 調和(違いを生かす) |
|---|---|---|
| 目指す姿 | 100人いたら100人が同じ状態 | 一人ひとりが違う上で、価値を一緒につくる |
| よくある言葉 | 迷惑をかけるな、考えるな、年上の言うことを聞け | 気づいた人が行動する、いつでも意見を言える |
| 個人の違い | 消す、そろえる | 認めて、生かす |
| タツロー校長の評価 | 何の意味もない | 大好き・賛成 |



「人間という言葉も好きなんです。人の間と書きますよね。人と人が共存して、共栄していく。自分らしく誰かを幸せにしていく。そういうチームとしての調和なら、めちゃくちゃ好きです。でも、みんな同じになれ、偉い人の言うことを聞け、という同調は、とても嫌いです。」
集団行動が見直されたきっかけ:釜石の出来事と綱引き実験
①東日本大震災:指示を待つか、自分で考えて動くか
タツロー校長が、集団行動を見直す大きなきっかけとして挙げるのが、東日本大震災です。岩手県釜石市では、市内の小中学生約2,900人のうち、学校を休んでいた5人を除く全員が津波から逃れ、生存率は99.8%でした(参考:文部科学省 学校安全研修会の資料)。この背景には、群馬大学の片田敏孝教授の指導のもと続けられてきた防災教育があり、「想定にとらわれるな」「その状況下で最善を尽くせ」「率先避難者たれ」という3つの原則が教えられていたといいます(参考:防災教育に関する研究資料)。
一方、宮城県石巻市の大川小学校では、全児童108人のうち74人、教職員13人のうち11人が死亡・行方不明となりました(参考:神戸大学の研究資料)。



「自分で考えて、その時々でありったけの知恵を振り絞る。そういうことをやってきたところは助かった。先生の指示があるまで動くな、年長者の言うことを守れ、という同調をしているところは、命すら脅かされてしまう。誰でもいつでも意見が言えて、気づいた人が行動する。そういう調和のあるところは、命が助かっているんです。」
【補足】大川小学校の事例には、避難の判断や事前の備えなど、複数の要因が検証されており、単純に一つの原因へまとめられるものではありません。亡くなられた方々とご遺族に敬意を払ったうえで、「自分で考えて動くことが命を守る力になる」という視点から紹介しています。なお、釜石市では「奇跡」という言葉を控え、「釜石の出来事」と呼ぶようにしているとされています。
②綱引き実験:人数が増えるほど、一人の力は減る
もう一つは、生産性の視点です。1913年にフランスの農業工学者マクシミリアン・リンゲルマンが行った有名な「綱引き実験」では、1人で引くときの力を100%とすると、2人では93%、3人では85%、8人では49%まで、1人あたりの力が下がることが示されました(参考:東洋経済オンライン、Schoo)。この現象は「リンゲルマン効果」と呼ばれ、意欲の低下や連携のロスなどが要因として考えられています。
綱引き実験(リンゲルマン効果):1人あたりの力
100%
93%
85%
49%
綱引きは、「全員が同じことを同じようにやる」同調に近い作業です。タツロー校長は、ここに調和の発想を持ち込めば結果が変わると言います。



「声が大きくて人を元気づけられる人は応援団長にして、綱を引いている人を応援してもらう。補給が得意な人は補給経路を確保する。作戦を立てるのが得意な人は作戦を立てる。そうやっていろんな役割を持たせて調和していけば、足し算ではなく掛け算で、一人あたりの力が高まるかもしれません。」
タツロー校長は、日本人は本来とても力のある民族なのに、同調圧力や「集団行動が大事」という考え方によって、一人あたりの力が発揮されにくくなっているのではないか、と問いかけます。
最も成果を出すチームは「言いたいことが言えるチーム」
では、最も成果を出すチームとは、どんなチームなのでしょうか。タツロー校長の答えは、優秀な人を集めたチームでも、全員が同じ行動をするチームでもありません。



「言いたいことが言えるチーム、やりたいことがやれるチームです。理念や目的のために、これが大事だと思ったら、人の目を気にせず言える、やれる。『今は逃げた方がいい』『新しいことにチャレンジしようよ』『すみません、失敗しました』と言えるチームは、どう考えても最高ですよね。」
これは、軍隊式の時代の人類が知らなかった「新しい景色」だとタツロー校長は言います。ピカソの言葉を引き、人間は18歳までに身につけた偏見のかたまりだからこそ、私たち大人も、子どもたちから学びながら、常に考え方をアップデートしていく必要がある、と締めくくっています。
体裁・都合から、「その子の主体の約束」へ
大人の体裁や都合を優先する教育から、子どもを起点にした教育へ。NIJINが大切にしているのが、「その子の主体の約束」です。全員に同じことをやらせ、一律に評価する時代は、早く終わらせたほうがいいとタツロー校長は考えています。偏差値やテストの点数だけでは測れない力については、偏差値で判断するのは古い?タツロー校長が語る「真の学力」もあわせてご覧ください。
もちろん、警察官や自衛隊など、国を守る方々を育てるうえでは、一定の規律ある集団行動が重要だということも、タツロー校長は理解しています。だからこそ、最終的には、その子とご家庭が選べばよい、という立場です。



「ただ、全員が全員、へそに力を入れて歩け、できなかったら校庭10周だ、という世界観に当てはまるわけではありません。むしろ当てはまらない子の方が多い。そういう子にとっては、こういう方向にシフトしていかないと、日本全体が沈没してしまうという危機感を、私は強く持っています。」
保護者・教育者が今日からできること
ここまでの内容をもとに、ご家庭や教育現場で意識したいポイントを整理しました。(以下は、動画の内容をもとに本メディアでまとめたものです。)
- 「何のため?」を一緒に考える:集団行動を求められたとき、「みんながやっているから」ではなく、目的を言葉にしてみる
- 「同調」か「調和」かを見分ける:全員を同じにする目的か、一人ひとりを生かす目的かを確かめる
- 違いを「役割」として生かす:声が大きい、気配りが得意、計画が得意など、それぞれの特徴を活躍の場に変える
- 意見が言える空気をつくる:「失敗しました」「それは違うと思う」と言っても大丈夫な雰囲気を、家庭でも大切にする
- 合わない環境は、選び直してよい:苦しさが続くときは、学びの場を変えるという選択肢も持っておく
学校以外の選択肢には、フリースクールやオルタナティブスクール、オンラインスクールなどがあります。全体像はフリースクールとは?費用・種類・出席扱いと全国の探し方、公的な無料の支援先は教育支援センター(適応指導教室)とは?、公立の選択肢は学びの多様化学校とは?で解説しています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 集団行動とは何ですか? A. 学校では、集合や整列、行進など、集団として安全で能率的に行動するための動き方を指します。本記事では、そこに含まれる「同調」と「調和」の2つの意味を分けて考えています。
Q2. 集団行動はなぜ学校で行われているのですか? A. 明治時代に、初代文部大臣の森有礼のもとで兵式体操が取り入れられた流れがあるといわれています。管理のしやすさや責任の取りやすさなど、大人側の事情も関係していると、タツロー校長は指摘しています。
Q3. 集団行動はすべて必要ないのですか? A. いいえ。タツロー校長は、一人ひとりの違いを生かし、みんなで価値をつくる「調和」としての集団行動には賛成しています。意味がないと考えているのは、全員を同じにそろえる「同調」です。
Q4. 運動会はいつ始まったのですか? A. 諸説ありますが、1874年に海軍兵学寮で行われた「競闘遊戯会」が日本初とされています。その後、全国の学校に広まりました。
Q5. 体育座りはいつから行われていますか? A. 起源は明確ではありませんが、1965年に文部省が『集団行動指導の手引き』を刊行したことで、全国に広まったといわれています。
Q6. 「和」と「同調」は何が違うのですか? A. 「和」は、一人ひとりの違いを認めたうえで、話し合いながら調和していくことです。「同調」は、周りに合わせて同じ状態になることです。「和して同ぜず」という言葉のとおり、両者は別のものと考えられています。
Q7. 集団行動が苦手な子は、社会で通用しないのですか? A. タツロー校長は、そうは考えていません。違いを生かし合い、言いたいことが言えるチームの方が成果を出しやすいという考え方で、集団行動が苦手な子の個性が生きる場所は、これからの社会にたくさんあると語っています。
Q8. 子どもが運動会や集団行動をつらがっています。どうすればいいですか? A. まずは「何がつらいのか」を丁寧に聞き、学校と相談できる部分を探してみてください。それでも苦しさが続く場合は、フリースクールなど、学びの場を選び直す選択肢もあります。
まとめ:「同じになる」より「違いを生かす」
集団行動を「全員が同じことを同じようにする」ことだと捉えると、その起源は、明治時代の軍隊式の訓練にさかのぼります。一方で、「一人ひとりの違いを生かして、みんなで価値をつくる」調和としての集団行動は、これからの時代にこそ大切にしたい姿です。
- 起源を知る:行進や運動会、体育座りの背景には、兵式体操や軍事教練の流れがある
- 同調と調和を分ける:全員を同じにする「同調」と、違いを生かす「調和」は別物
- 子どもを起点にする:大人の体裁や都合ではなく、「その子の主体の約束」から教育を考える
集団の中で苦しんでいるお子さんの「合わない」は、わがままではなく、その子らしさのあらわれかもしれません。NIJINアカデミーでは、無料のオンライン相談も行っています。NIJINアカデミー公式サイトや、お近くの教室を探せる教室検索ページもご覧ください。
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さらに、星野達郎校長が今回のテーマを動画でより熱く、詳細に解説しています。
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