「みんなは学校へ行っているのに、自分だけ休んでいる」 「お母さんに迷惑をかけている」 「ゲームをして笑っていいのかな」 と、自分を責めてしまう子がいます。
大切なのは、罪悪感をなくすために急いで学校へ戻すことでも、「気にしなくていい」と気持ちを打ち消すことでもありません。 「学校へ行っていない自分にも、休んでいい時間、好きなことをする時間、自分の居場所や学びがある」と少しずつ感じられる環境をつくることです。
不登校の罪悪感で、わが子が自分を責めているように見えることはありませんか?
学校は休んでいるのに、全然リラックスしていない。
外へ出れば同級生に会う気がして嫌がる。
ゲームをして笑ったあと、急に暗い表情になる。
「自分だけずるい」
「先生に迷惑かけてる」
「何もしてない」
そんな言葉を聞くと、親としても何と言えばいいのか迷いますよね。
この記事では、不登校の罪悪感が生まれる理由、親が避けたい声かけ、休んだ日の過ごし方、学校以外で「自分にも居場所がある」と感じられる方法まで具体的に整理します。
📝 この記事でわかること
- 不登校の子が罪悪感を抱く理由
- 「休んでいる=サボっている」ではない理由
- 休んだ日にゲームや好きなことをしていいのか
- 親が避けたい声かけと、代わりに使える言葉
- 「何もしていない」という罪悪感を軽くする考え方
- 同級生に会いたくないときの対応
- 実際に「学校に行っていない罪悪感」を語った子どもの体験
- 学校以外の学び・居場所という選択肢
- 相談を考えたい心のSOSサイン
不登校の罪悪感は珍しくない|文部科学省も指摘している
なぜ不登校になると罪悪感が生まれる?「休んでも休めない」ループ
学校へ行かないと決まれば、体は家にいます。
でも、気持ちまで学校から離れられるとは限りません。
不登校の罪悪感で起こりやすい一例
家にいても頭の中では、
「今ごろみんなは体育かな」
「給食の時間だ」
「先生は自分のことをどう思っているんだろう」
と、学校の時間割を追い続けている子もいます。
体は休んでいても、心はずっと学校にいる。
そんな状態では、「休んでいるのに疲れる」ということもあります。
不登校の罪悪感に隠れている5つの気持ち
同級生が学校へ行っていることを知っているからこそ、自分だけ休んでいることを不公平に感じます。
親が仕事を調整したり、学校へ電話したりする姿を見て、自分のせいだと感じることがあります。
欠席が続くことで、学校のみんなに迷惑をかけていると思い込むことがあります。
休む日が増えるほど、「戻ったら分からない」「もう追いつけない」という不安が大きくなる場合があります。
学校へ行けないのに好きなことはできるため、「本当はサボっているだけ?」と本人自身が疑うことがあります。
登校できるかどうかが自分の価値のように感じられ、自己否定につながることがあります。
「休んでいる=サボっている」ではない|罪悪感を強めない考え方
不登校の子ども自身が、
「自分はサボっているだけなんじゃないか」
と話すことがあります。
でも、少なくとも「学校に行けていない=本人が楽をするために意図的にサボっている」と決めつけることはできません。
文部科学省の支援方針でも、不登校にはさまざまな背景があり、一律に学校復帰を求めるのではなく、一人ひとりの状態や休養の必要性を踏まえることが求められています。
眠れた。
ご飯を食べられた。
家族と一言話せた。
好きなゲームを楽しめた。
外の空気を吸えた。
今日は何もしたくなかった。
そのどれも、本人の今の状態を知る一日です。
不登校の罪悪感を強めやすい親の言葉|どう言い換える?
| 避けたい言葉 | 子どもにどう聞こえる可能性がある? | 代わりの声かけ例 |
|---|---|---|
| 「ゲームできるなら学校行けるでしょ」 | 楽しいことをする資格がない | 「ゲームしてるときは少し楽そうだね」 |
| 「せっかく休むなら勉強しなさい」 | 何か成果を出さないと休めない | 「今日はどう過ごしたら少し楽そう?」 |
| 「みんな心配してるよ」 | 自分が大勢に迷惑をかけている | 「学校への連絡は大人がするから大丈夫だよ」 |
| 「いつまで休むの?」 | 期限までに元に戻らないといけない | 「今はどんな感じ?」 |
| 「今日は何したの?」 | 今日の成果を報告しなければならない | 「今日はどんな一日だった?」 |
| 「明日は行けそう?」 | 毎日、翌日の登校を決断しなければならない | 「明日のことは明日また考えてもいいよ」 |
学校を休んだ日にゲームや楽しいことをしてもいい?
「休んだのに楽しんでいいの?」
これは、不登校の罪悪感と非常に相性の悪い問いです。
学校へ行けなかった日の過ごし方を、
「苦しんでいれば正しい」
「楽しんでいたらサボり」
という二択にする必要はありません。
長野県教育委員会の不登校対応の手引きでも、本人が興味や関心をもち、意欲的に取り組める活動を支援することがポイントとして挙げられています。
ゲームでは笑えるのに、学校へは行けない|それでも罪悪感はある
親から見ると、
「さっきまでつらそうだったのに、ゲームを始めたら笑っている」
という姿に戸惑うことがあります。
しかし、学校で求められることと、自宅で好きなゲームをすることでは、環境も負担も違います。
そして、家で笑えている子自身が、
「こんなに元気なら自分は本当は行けるのでは?」
と罪悪感を持っている場合もあります。
不登校の罪悪感で「同級生に会いたくない」と言うとき
学校へ行っていない時期に、近所で同級生へ会うことを強く嫌がる子もいます。
「なんで学校来ないの?」と聞かれそう。
自分だけ平日の昼間に歩いているのを見られたくない。
学校の話をされたくない。
そんな気持ちがあると、外出そのものを避けることがあります。
無理に、
「堂々としていればいい」
「別に悪いことしてないんだから」
と外へ連れ出す必要はありません。
実例①「同級生に会いたくなかった」|いーさんが語った不登校の罪悪感
今回のテーマに最も直接重なる実例の一人が、小学5年生のいーさんです。
いーさんは小学1年生のころから、学校で「言われた通りに行動すること」に息苦しさを感じ、3年生のときのトラブルをきっかけに登校をやめました。
当時を振り返り、こう話しています。
学校へ行かなくなったあと、適応指導教室やフリースクールなど複数の場所を経験しましたが、なかなか自分に合う居場所を見つけられなかったそうです。
その後、NIJINアカデミーへ。
現在は学園祭の企画やフォートナイトのサークルリーダーなど、自分の興味からさまざまな活動へ挑戦しています。
学校へ行っていない罪悪感
同級生に会いたくない
学び・友達・役割がある
明日を楽しみにできる
いーさんが変わったのは、「罪悪感をなくそう」と誰かに説得されたからではありません。
学校以外にも、自分が学んでいる場所、友達、役割、やってみたいことができた。
その積み重ねによって、「学校へ行っていないだけの自分」という見え方が変化していったことが、インタビューから伝わります。
実例②「罪悪感。不安で、怖かった」|ちゃんちーさんと、お母さまの対応
もう一人は、小学3年生のちゃんちーさんです。
小学2年生のころ、学校で男の子から悪口を言われたことなど、複数の理由が重なり、学校へ行けなくなりました。
そのころ、お母さまは「無理をせず、ゆっくりしたらいい」と考え、ちゃんちーさんは家でよくマインクラフトをして過ごしていたそうです。
その後NIJINアカデミーへ入学。
学校ではあまり話せなかったちゃんちーさんが、オンラインでは話すことができ、友達もできました。
現在は環境活動のサークルに参加し、Canvaで資料を作ってプレゼンをしたり、ホームルームで司会をしたりしています。
罪悪感・不安・怖さ
友達・サークル・発表
自分のペースで活動
ここでも、最初から「何かしなさい」と行動を求めたわけではありません。
まず無理をせず休み、その後、本人が関われる場所へ少しずつつながっています。
「何もしていない」という罪悪感が変わるのは、学校へ戻れたときだけではない
不登校の罪悪感は、
「学校へ復帰できれば全部なくなる」
という単純なものではありません。
いーさんの事例で印象的なのは、
「今は自分も学んでいる」「友達がいる」「やっていることがある」
という実感が生まれたことです。
学校以外でも、
ゲーム、絵、料理、動画制作などから学びが始まる。
先生、友達、年齢の違う仲間との関係ができる。
サークル、イベント、企画などで「自分にできること」が生まれる。
今日は休む、今日は参加する、と自分の状態に合わせて選べる。
という経験はできます。
家からでも「自分の学び」を持つ|NIJINアカデミーという選択肢
学校へ行けない時期に、罪悪感をなくすためだけに別の学校へ通う必要はありません。
まず休むことが必要な子もいます。
一方で、少し動けるようになったとき、
「家にはいるけれど、自分にも学んでいる場所がある」
「会える友達や先生がいる」
「今日はこれをやってみたい」
と思える場所が選択肢になることもあります。
学校へ行けない日にも、
「何もしていない自分」だけにならない。
休む日も、少し参加する日も。自分の状態に合わせて学び方を選べる場所があります。
- 自宅から参加できるメタバース校舎
- カメラオフ・チャット・見るだけなど、状態に合わせた参加方法
- 少人数・異年齢のクラス
- 月100コマの授業から、自分が興味のあるものを選べる
- ゲーム・イラストなど「好き」から始まるサークル
- 学園祭や企業プロジェクトなど、本人の「やってみたい」を形にする機会
今は休むことが一番必要な子もいます。本人が「何かしてみたい」と思い始めたときに、学校以外にも学びや人とのつながりを持てる選択肢の一つとして紹介しています。
学校外の学び・居場所の選択肢の一つとして紹介しています。お子さんの状態に合う支援方法は一人ひとり異なります。
子どもだけではなく、親も罪悪感を抱えているとき
不登校になると、子どもだけでなく保護者も、
「自分の育て方が悪かったのでは」
「もっと早く気づけたのでは」
「学校へ行かせられないのは親としてダメなのでは」
と、自分を責めることがあります。
親が強く自分を責めていると、子ども側も、
「自分のせいでお母さんが苦しんでいる」
とさらに罪悪感を強めることがあります。
厚生労働省も、家族が自分を責め続けることで、子ども自身の自責感を強める可能性について注意を促しています。
罪悪感が強いとき、相談を考えたいサイン
罪悪感があることだけで、心の病気だと判断することはできません。
ただし、自己否定が非常に強くなっている場合は、家庭だけで抱えないことも大切です。
- 「消えたい」「いなくなりたい」と話す
- 「自分には生きる価値がない」と強く責める
- 自傷がある、または自傷をほのめかす
- 食事・睡眠などが大きく崩れている
- 以前と明らかに様子が違う状態が続く
厚生労働省は、子どもの心のSOSは睡眠・食欲・体調・行動などに表れることが多いとしており、「消えたい」「自分には価値がない」「周りに迷惑をかけている」と自分を責める言葉などにも注意を呼びかけています。
よくある質問|不登校の罪悪感について
不登校なのにゲームをして笑っています。それでも罪悪感はあるのでしょうか?
あります。楽しい時間があることと、学校へ行っていないことへの罪悪感は両立します。実際に、家では活動できても「自分だけ休んでいる」と自分を責める子もいます。ゲームを楽しんでいる姿だけで「本当は学校へ行ける」と判断しないことが大切です。
子どもが「自分だけずるい」と言います。何と返せばいいですか?
まず「そう感じてるんだね」と気持ちを受け止めます。そのうえで「休む必要があるときは休んでいい」「学校への連絡は大人がするから心配しなくていい」など、本人が背負わなくてよいことを具体的に伝えてみてください。
「先生に迷惑をかけている」と気にしています
学校への欠席連絡や調整は大人が担うものです。「先生とのやり取りはお父さん・お母さんがするから、あなたが全部心配しなくて大丈夫」と役割を分けて伝える方法があります。
学校を休んだ日に楽しいことをさせてもいいですか?
学校を休んだ日は苦しんで過ごさなければならない、というルールはありません。本人が興味を持つゲーム、絵、料理などを楽しむこともできます。ただし、それを「回復のために必ず何かしなければならない」という新たな課題にはしないようにします。
勉強をさせれば「何もしていない」という罪悪感は減りますか?
本人が勉強したいと思っている場合は一つの方法ですが、罪悪感を消すために無理に勉強させると、「勉強できなければ休む価値がない」と感じる可能性があります。まずは本人の心身の状態を優先し、再開するときはできるところから始めましょう。
同級生に会いたくないと言っています。外へ出した方がいいですか?
無理に外出させる必要はありません。人が少ない時間に出る、少し離れた場所へ行く、オンラインから人とつながるなど、本人が安心できる方法から考えることができます。
罪悪感は学校へ復帰しないとなくならないのでしょうか?
学校復帰だけが変化のきっかけとは限りません。学校外に学び、友達、好きなこと、役割などができ、「自分にもやっていることがある」と感じられるようになる子もいます。本人に合う形は一人ひとり異なります。
いつ専門家へ相談すればいいですか?
強い自己否定が続く、睡眠・食欲・生活が大きく変化する、「消えたい」「自分には価値がない」などの言葉がある、自傷の心配がある場合などは、早めに学校のスクールカウンセラー、教育相談、医療機関、公的相談窓口などへ相談してください。
まとめ|不登校の罪悪感を「学校へ戻る力」に変えようとしなくていい
不登校の罪悪感を抱える子に、
「そんなこと気にしなくていいよ」
と言うだけでは、なかなか気持ちは消えません。
本人にとっては、
学校へ行っている同級生。
仕事を調整する親。
連絡をくれる先生。
進んでいく授業。
その全部が「自分だけ止まっている」という感覚につながることがあります。
楽しむことを、後ろめたいことにしない。
そして、学校以外にも自分の世界があることを知る。
いーさんは、学校へ行っていない罪悪感から同級生に会いたくなかった時期を経て、今では仲間と企画し、自分の役割を持っています。
ちゃんちーさんも、「罪悪感。不安で、怖かった」と感じた時期にまず無理をせず過ごし、その後、自分のペースで人や学びとつながっていきました。
学校へ戻れたかどうかだけを、回復や成長のものさしにしなくてもいい。
今日、少し安心して過ごせた。
好きなことを楽しめた。
誰かと一言話せた。
何もしないで休めた。
その一日も、子どもの時間です。
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参考・一次情報
※本記事は一般的な教育・子育て情報を提供するもので、個別の診断や治療方針を示すものではありません。強い自己否定、自傷、希死念慮、睡眠・食欲などの著しい変化がある場合は、学校・医療機関・公的相談窓口などへご相談ください。

